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大阪高等裁判所 昭和51年(ネ)609号 判決 1978年10月26日

控訴人 三浦士郎

右訴訟代理人弁護士 村井祿楼

同 清木尚芳

被控訴人 株式会社宇品造船所

右代表者代表取締役 水野一廣

右訴訟代理人弁護士 加藤公敏

主文

原判決中本訴請求に関する部分を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金三二一万五三七五円および内金二一万五三七五円に対する昭和三九年九月一日から、内金五〇万円に対する同年同月三〇日から、内金五〇万円に対する同年一〇月三一日から、内金五〇万円に対する同年一一月三〇日から、内金五〇万円に対する同年一二月三一日から、内金五〇万円に対する昭和四〇年一月三一日から、内金五〇万円に対する同年二月二八日からそれぞれ支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の本訴請求を棄却する。

反訴請求についての本件控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも本訴、反訴を通じてこれを三分し、その一を被控訴人の負担としその余を控訴人の負担とする。

この判決の第二項は仮に執行することができる。

事実

一  控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人の本訴請求を棄却する。被控訴人は控訴人に対し金二六五三万七一九七円および内金二六〇六万二一九七円に対する昭和四一年七月二日から内金四七万五〇〇〇円に対する昭和四二年一一月一五日から各支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも、本訴反訴を通じ、被控訴人の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は、本訴反訴を通じ、控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張および証拠の関係は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示と同一(ただし原判決事実摘示第二主張欄の三の5の一行目から二行目にかけて、「右瑕疵修補債務不履行に基く填補賠償及び民法六三四条第二項の修補と共に為す損害賠償として」とあるを、「右瑕疵修補債務不履行に基く填補賠償及び民法六三四条第二項の修補と共に為す損害賠償として、なお仮に前者の請求についての控訴人の主張が容れられない場合には、これにつき民法六三四条二項の修補に代る損害賠償として」と改める。)

(被控訴人の主張)

1  控訴人の損害の主張に対する答弁として

仮に本船に控訴人主張の瑕疵があるとしても、その瑕疵修補に代る損害賠償の額は、瑕疵がない場合の本船価額からその瑕疵を伴った本船価額を差引いた額に相当し、これを上まわることはないというべきである。

2  控訴人の後記反論に対する答弁として

控訴人の後記反論のうち、本船の引渡の点を除き、その余の事実をすべて争う。なお控訴人主張の各損害賠償債権の除斥期間は、本船の修補工事が完了し、その引渡をなした日である昭和三八年九月二〇日から起算すべきである。

(控訴人の主張)

1  控訴人の反訴附帯請求の起算日についての補充主張として

反訴請求にかかる損害賠償金二六五三万七一九七円のうち弁護士費用を除く金二六〇六万二一九七円に対する附帯請求の起算日たる昭和四一年七月二日は、本件紛争に関する仲裁判断申立書が被控訴人に到達した日の翌日であって、控訴人は、右仲裁判断申立書をもって被控訴人に対し、右損害賠償金内金の支払を催告した。

2  被控訴人の除斥期間経過の主張に対する反論として

控訴人は、原判決事実摘示中本訴抗弁兼反訴請求原因2記載のとおり、昭和三七年八月一〇日被控訴人から本船の引渡を受けたものであるから、本件造船請負契約の担保責任の除斥期間は右引渡の日から起算すべきである。しかして控訴人は、右本訴抗弁兼反訴請求原因4記載のとおり、右除斥期間の経過前である同年九月中旬ころ被控訴人に対し、本船の運航時に振動、騒音が発生する瑕疵につき、その修補請求をしたが、右瑕疵は被控訴人による修補工事にもかかわらず、除去されなかったから、このような場合には右除斥期間の経過後であっても、被控訴人に対して右瑕疵の修補に代え、またはその修補とともにする損害賠償を請求する権利は消滅しないというべきである。

(証拠関係)《省略》

理由

一  本訴請求原因事実の全部(以外原判決事実摘示中の本訴請求原因1の(一)ないし(一五)の各約束手形を、それぞれ「本件(一)ないし(一五)の各手形」という。)ならびに本訴抗弁兼反訴請求原因のうち、(一)被控訴人が、昭和三七年二月二八日控訴人から鋼製双螺旋推進器付曳船である本船の建造を請負い(以下「本件造船請負契約」という。)、同年八月一〇日これを完成のうえ、控訴人に引渡したこと、(二)しかるに控訴人が本船をその用途である大型船離接岸作業のため運航させたところ、片舷推進器全速前進、他舷推進器全速後退による急旋回をさせた場合に、搭載された計器、器具類に損傷を生ずるほどの振動と乗組員相互の会話や右離接岸作業のための無線電話連絡に支障を生ずるほどの騒音が発生したこと、(三)そこで控訴人が昭和三七年九月中旬被控訴人に対し、右振動や騒音を防止するための修補を請求し、これにもとづいて被控訴人が同年一一月七日から昭和三八年九月二〇日までの間に三回にわたり、船体各部の補強や船尾部バラストタンクの増設などの主として防振のための修補工事(以下第一回目の修補工事を「第一次修補工事」、第二回目のそれを「第二次修補工事」、第三回目のそれを「第三次修補工事」とそれぞれいう。)をなしたことおよびこれらの諸点に付随関連する事実についての当裁判所の認定、判断は、原判決理由第一項ならびに第二項の1および2の(1)、(2)に説示されているところと同一(ただし第二項の2の(1)の一三行目以下の部分ならびに2の(2)の三七行目に「前記のとおり」とある部分を除く。)であるので、これを引用する。

二  そこで先ず右の各修補工事後における本船の瑕疵の有無とその程度とについて判断するに、《証拠省略》を総合すると、

1  本船の前記各修補工事後の騒音の程度は、その吃水状態や運転状態(前進、後退あるいは旋回。)にかかわりなく主発動機が分速二八〇回転を超えると、乗組員相互の会話や離接岸作業のための無線電話連絡に支障を生ずるほどの強度のものとなるけれども、右騒音の大部分は、控訴人の提供にかかる主発動機等からの機械音であって、これが被控訴人による本船の設計、施工の不備にもとづくものであるとはいい難く、なお後記振動に起因する騒音は些少であるうえ、右会話や無線電話連絡に支障を及ぼす性質のものではないとみられるので、その騒音の発生をもって、本件造船請負契約上の瑕疵と断定することは困難である。

2  しかしながら、本船の前記各修補工事後の振動の程度をみると、(一)標準に近い吃水状態(前部吃水二・三〇メートル、後部吃水三・五五メートル。前後部バラストタンクと修補工事で増設された船尾部バラストタンクをすべて満水にした状態。以下「第一吃水状態」という。)のもとで、主発動機を分速二八〇回転とした場合には、発生する振動の強さは、それが最大となる右舷推進器後退、左舷推進器前進による右方急旋回時においても、その乗組員の身体生理や搭載された計器、器具類の性能、強度に及ぼす影響からみて許容し得る限度内にある(船尾端に許容値を超える上下振動が発生するが、その発生箇所が局部的であり、かつ居住区以外の場所であるため、全体的にみて許容限度内にあるとみられる。)が、主発動機を全速である分速三〇〇回転(最大回転数は分速三一五回転であるが、前記離接岸作業上は分速三〇〇回転を全速として使用することが予定されているとみられる。)とした場合には、前記右方急旋回時において、船尾部、後部甲板等の非居住区から操舵室、応接室等の居住区にかけて、前記許容限度を超える振動(主として上下振動。)が発生する(左方急旋回時にも操舵室外に許容値を超える上下振動が発生するが、前記同様の理由から全体的にみて許容限度内にあるとみられる。)こと、(二)さらに第一吃水状態に比してより迅速な旋回が可能となる後部吃水を浅くした状態(前部吃水二・四五メートル、後部吃水三・四〇メートル。前部バラストタンクを満水とし、その余の前記各バラストタンクの水を抜いた状態。以下「第二吃水状態」という。)のもとでは、右左方各急旋回時において発生する振動は、第一吃水状態におけるそれに比べてさらに強くなり、主発動機を分速二八〇回転とした場合にも、前記許容限度を超える振動(主として上下振動。)が前記居住区を含む船体各部に発生すること(第二吃水状態における振動測定は各運転状態ごとになされてはいないが、現になされた他の測定結果から右のごとく推認される。)、そして右のような振動の発生は、後記第四項の1の(一)に認定、説示するとおり、前記離接岸作業に従事することを予定して建造された本船の運航に少なからぬ制約を及ぼし、その作業において支障や不便を生ずるものであることがそれぞれ認められる。

3  ところで右振動の大部分を占める上下振動が発生する原因は、本船の推進器翼先端とその直近の船尾外枝との間隙(約〇・一九m)に右推進器翼の直径(二・一m)に比して極めて狭い右間隙の推進器直径に対する比率が、一般船舶のそれに比して極めて小さい。)ため、一般の船舶に較べて過大なプロペラ起振力が発生することおよび主発動機を全速である分速三〇〇回転に上げるにつれ、推進器回転により生ずる上下振動の振動数が本船船体の固有上下振動数に近接して共振現象を起すことにあるとみられ、これらは被控訴人による本船の設計、施工の不備に起因する船体構造上の欠陥であって、本件造船請負契約上の瑕疵に該るというべきであり、なお被控訴人のした前記各修補工事は主として右振動の発生箇所を補強したにとどまって、右振動の発生原因を解消するものではなかったから、それにより右振動の強さは多少緩和されたけれども、前記のとおりなお許容し得る程度には除去されていないことをそれぞれ認めることができる。

《証拠判断省略》

三  次いで被控訴人の右瑕疵による損害賠償責任の点を考えるに、

1  被控訴人が本件造船請負契約において、また昭和三八年八月二〇日の覚書をもって、それぞれ本船の瑕疵修補につき、控訴人とその主張の各文言による約定をしたことは当事者間に争いがないところ、控訴人は、右の各約定によって被控訴人が民法六三四条一、二項に定める請負人の瑕疵担保責任とは別個に前記瑕疵を修補すべき債務を負担し、または少くとも前記瑕疵につき控訴人の要求する程度にまで修補をなすことを承諾し、その限度で右担保責任を加重する約定をしたかのごとく主張するが、右の各約定にかかる文言や先に引用した原判決理由第二項の2の(2)記載の被控訴人による前記各修補工事の経緯に照らすと、右の各約定が控訴人の右主張の趣旨で結ばれたとみるは困難であって、むしろそれは本船に瑕疵があった場合に被控訴人に右担保責任を生ずる旨を確認し、あるいはまた被控訴人が右の各修補工事をしたことをもって直ちにその担保責任が免除されるものではなく、瑕疵が残存するときはなおその責に任ずる旨を確認したにとどまるものというべきである。

2  ところで被控訴人は、右瑕疵担保責任について、被控訴人が最終の第三次修補工事を完了し、その目的物たる本船を控訴人に引渡した日である昭和三八年九月二〇日から一年の除斥期間が経過したことにより同責任はすでに消滅したと主張するので審按する。一般に請負の仕事の目的物に瑕疵があり、これについてその引渡のときから一年(除斥期間)以内に注文者から修補請求がなされ、その一年が経過したときには、その段階で修補請求にかかる瑕疵の内容は特定され、その有無の判定および法律関係の確定も可能となるから、右修補を求められた瑕疵より生ずる債権については、もはや除斥期間の規定を適用する余地はないというべきである。したがって、その請求にもとづく修補の工事が一応はなされたが、それが実効をあげず、当初の瑕疵がなお除去されていないような場合、その不十分な修補工事の終了ないしはその目的物の引渡(再度の引渡)のときから改めて右除斥期間が進行すると解するのは相当でなくすでに有効に行使された右修補請求権は一般の債権と等しくその目的達成までまたはその消滅時効が完成するまでなお存続すると解するのが相当であり、なお右のように修補請求に応じてなされた修補工事が実効をあげず、しかもその間に最初の引渡のときから一年の除斥期間が経過したような場合、注文者による担保責任の追求手段を当初選択した修補請求のみに限定すると、請負人の責に帰すべき事由によって他の追求手段を奪われる結果を生じ、衡平に反するから、右一年余経過後でも、注文者は、右修補請求に代替する請求権すなわち残存する瑕疵の修補に代わる損害賠償請求債権はもとより、修補に付随して発生する請求権すなわち右修補工事に要した期間やその工事内容の如何によって損害発生の有無、程度が左右されるところの右修補とともにする損害賠償請求債権の各行使をも妨げられないと解するのが相当である。しかして本件造船請負契約の注文者たる控訴人が、その目的物たる本船の引渡を受けた昭和三七年八月一〇日から一年の除斥期間内である同年九月中旬に請負人である被控訴人に対し、本船の前記振動を防止するための修補請求をしたこと、これに応じて被控訴人が前記各修補工事をしたが、これによっても右振動についての瑕疵は許容し得る程度にまで除去されなかったこと、しかも最終の第三次修補工事が終了して本船が控訴人に引渡されたのは右除斥期間経過後の昭和三八年九月二〇日であったことは、前項ならびに先に引用した原判決理由第二項の1及び2の(1)、(2)記載のとおりであるから、控訴人の右瑕疵修補請求権はすでに有効に行使されてその効力を維持しており、したがって、右瑕疵の修補に代えあるいは修補とともにする控訴人の各損害賠償請求債権は、右除斥期間経過後の第三次修補工事完了引渡から更に一年を経過した後においてもなお存続するというべきである。これと異る被控訴人の前記主張は採用の限りではない。

四  進んで本船の前記瑕疵によって被控訴人に生じた損害ならびに弁護士費用について判断する。

1  瑕疵修補に代る損害について

(一)  本船は、第二項で認定したとおり、標準吃水に近い第一吃水状態のもとで主発動機を全速である分速三〇〇回転にして右方急旋回をした場合、またより迅速な旋回が可能となる第二吃水状態のもとで主発動機を分速二八〇回転にして右左方急旋回をした場合には、それぞれ許容限度を超える振動が発生するので、本船を右の各吃水状態のもとで右のごとく急旋回させる場合には、主発動機を右の各回転数を超えない程度にまで減速することを余儀なくされるというべきであり、また《証拠省略》によると、現に控訴人は、右のごとく主発動機を減速させて本船を運航させていたこと、そのため本船は、前記離接岸作業において、他船に較べると回頭が鈍いことから作業能率が下まわり、そのことで控訴人が、右作業の指揮をなす水先案内人から苦情を受けたり、または本船に代えて他船を廻すよう指示されたりしたことがあったことをそれぞれ認めることができ、この認定を左右する証拠はない。

(二)  ところで本船の右振動発生の原因が、主として推進器翼先端と船尾外枝との間隙がその推進器翼直径に比して極めて狭いことから過大なプロペラ起振力を生じ、かつその推進器回転による上下振動の振動数が本船船体の固有上下振動数に近接して共振現象を起すことにあることは第二項記載のとおりであるところ、《証拠省略》によると、この振動発生原因を本船の所期の性能を劣化させることなく解消するには、推進器翼先端と船尾外枝との間隙を広くとるため、推進器周辺の船尾部の形状を変更することを要し、これには本船船体を機関室中央付近(全長の後方から約五分の二の位置にあるフレーム二〇番の箇所。)で横切断してその後部船体を取除き、これに代えて別に後部船体を新造し、これと旧前部船体とを熔接結合する方法が最も容易かつ確実である(後部船体を切断除去することなくそのまま活用する方法は、船尾部変形のためのフレーム曲げ加工が確実に行なえないため実施困難である。)が、この方法で本船を改造するとなると、金二四四〇万円余の費用と約七〇日間の工期とを要することが認められ、この認定に反する証拠はない。

(三)  しかしながら第二項記載の各事実とその認定に供した各証拠ならびに《証拠省略》を総合すると、本船が所期の性能を発揮することを妨げる事由としては、ひとり本件造船請負契約上の瑕疵による前記振動のみではなく、その瑕疵によるものとは認め難い、主発動機を分速二八〇回転以上にあげた場合に生ずる相当強度の騒音があること、そしてまたたとえ本船につき振動防止のための前記改造工事がなされたとしても、右騒音までが前記会話や無線電話連絡に支障を生じない程度にまで軽減されるものではないことをそれぞれ認めることができ、これらの認定を覆えすに足る証拠はない。

(四)  さらにまた《証拠省略》によると、控訴人は、本船を後記のとおり他に売渡すまでの間、その従事すべき作業をやり繰りすることによって、回頭が鈍く作業能率は下まわりつつも、これをその所有する他船とほぼ同程度に稼働させて同程度の収益をあげてきたこと、また控訴人が本船の建造に要した費用は、本件造船請負契約の請負代金である金三八〇〇万円とその提供した推進器を含む付属品を加えた主発動機の購入代金である金四二五〇万円の合計金八〇五〇万円に若干の諸費用を加えた金額になるとみられるところ、控訴人は、本船をその引渡を受けた昭和三七年八月一〇日から七年八か月余を経た昭和四五年四月に性能は現有のままとの約定のもとに代金六〇〇〇万円で曳船業者である内海曳船株式会社に売渡した(同社は他に転売する目的で買受けたもの。)こと、ところで右売買にあたって、本船の性能をみるための試運転が右買主の立会のもとになされたが、そこでは操舵のみによる旋回は別として、片舷推進器前進、他舷推進器後退による急旋回の運転は、右買主またはその転得予定者が本船をそのような運転状態で使用することを予定せず、またはそのような運転状態における性能をさほど重視していなかったためとみられるが、全くなされなかったこと、そしてまた現に右売買では、本船の前記瑕疵は全く問題とされないままその締結に至っており、右瑕疵を理由にその代金を引き下げるようなことは特になされなかったことがそれぞれ認められ、なお前記本人尋問の結果のうち、本船に前記瑕疵がなければ、右売買代金をはるかに上まわる金額で売却することが可能であったという旨の供述部分は、右に認定したところに照らしてにわかに採用し難く、ほかにも右代金が右瑕疵の故に本船と同程度の船舶のそれに比して低廉となったことを認めるに足る証拠はなく、また右本人尋問の結果のうち、本船に前記瑕疵があったため、控訴人所有の他船に比してより早期に売却せざるを得なかったという旨の供述部分も、右本人尋問の結果のうち、控訴人が昭和三六年に発注建造した曳船を昭和四二年に売却したことがあり、また控訴人が昭和四六年当時所有する八隻の曳船のうち昭和三九年に発注建造したものが最も古いという旨の供述部分に照らしてにわかに措信し難く、ほかにも右早期売却の事実を肯認するに足る証拠はない。

(五)  そして右の(一)ないし(四)に認定、説示したところからすれば、本件造船請負契約上の前記瑕疵は、本船の所期の性能の発揮を妨げる唯一の原因ではなく、その障害原因としては相対的なものであり、またたとえ本船につき前記改造工事がなされても他の障害原因たる騒音までが軽減されるとはいえず、しかも控訴人は右瑕疵の残存するまま本船を運航、稼働させて他船とほぼ同程度の収益をあげてきたことからして、その改造工事により得られる利益はそれに要する費用や工事中運航できないことによる不利益と比較して著しく下まわるものと予想され、さらに控訴人は、本船をすでに他に売渡しておりもはや自らの負担で改造工事をなすことは考えられず、したがって控訴人主張の右改造工事に要する費用やその工期中の滞船料は、控訴人に現実に生じた不利益ではなく、いわば幻の出費および収入減というべく、なお右売渡における売買代金も右瑕疵の故に格別に低廉になったともいえないから、これらを考え合わせると右工事費や滞船料をもって右瑕疵の修補に代る損害とみなすことは到底困難である。

しかしながら他面控訴人は、本船の前記瑕疵のため、これを運航していた七年八か月余の間、大型船離接岸作業において前記のごとき支障や不便を蒙ってきたことからすれば、その運航、稼働による収益が、控訴人の努力もあって結果的には他船と比較して劣ることがなく、またその処分価額が右瑕疵の故に低廉となったとはいえないからといって、本件瑕疵の修補に代る損害を否定すべきではなく、むしろ右のような不利益を財産的に評価してその損害性を肯定するのを相当と解すべきであるから控訴人に生じた前記瑕疵の修補に代る損害すなわち前示不利益を評価すると、その額は前示(一)ないし(四)で認定した諸事情および弁論の全趣旨を総合して、本件請負代金の約一割、また本船の建造費用総額の約〇・五割に各相当する金四〇〇万円と評価するのが相当と判定できる。なお、被控訴人の右瑕疵は軽微であるからその修補に代る損害はなく、仮にあるとしてもその損害は本船の右瑕疵がない状態での価額からその瑕疵がある状態での価額を差引いた額を上まわらない旨の主張は、以上に認定、説示した限度において理由があるけれども、その余は失当であるから採用の限りではない。

2  瑕疵修補とともに請求する損害金債権について

(一)  《証拠省略》によれば、本船について前示修補請求が行なわれた後に、修補工事の要否やその要する場合の工事方法等を明らかにする目的で、いずれも控訴人と被控訴人とが立会って、昭和三七年一二月二四日本船の騒音、振動についての検分が、また昭和三八年五月二三日その騒音、振動についての測量検査がそれぞれ行なわれたこと、そして前者の検分にもとづいて被控訴人による第一次修補工事が、また後者の検査にもとづいてその第二次修補工事がそれぞれなされたところ、控訴人は、右の検分、検査のためその当日に本船を運航、稼働できなかったことによりその主張の滞船料相当の合計金二五万一四五五円(116,080+135,375)の得べかりし利益を失ったことがそれぞれ認められ、右によれば右逸失利益は、本船の前記瑕疵と相当因果関係のあるその修補とともに請求し得る損害とみることができる。

(二)  また《証拠省略》ならびに先に引用した原判決理由第二項の2の(2)記載の被控訴人による前記各修補工事の経緯を総合すると、控訴人は、それぞれその主張のとおり、安保清、三浦義隆、佐藤丈夫を被控訴人のもとに出張させ、かつ控訴人自身もそこに出張し、これらの各出張のためその主張の費用を出捐したことが認められ、そのうち安保清の各出張は、被控訴人が第二次および第三次修補工事をなすうえで、本船の機関長としてこれに立会い、その工事方法等を打ち合わせるために必要なものであったと推認され、したがって同人の各出張に要した費用である合計金三万三一七〇円(16,380+16,790)は、本船の前記瑕疵と相当因果関係のあるその修補とともに請求し得る損害とみることができるが、他面佐藤丈夫の右出張は、専ら本船の前記瑕疵の修補請求ならびにその修理とともにする損害賠償の請求につき、控訴人のため被控訴人と交渉する目的でなされたものと認められ、かつそのような交渉費用は他に特段の事情のない限り本船の前記瑕疵と相当因果関係ある損害と評価することはできないところ、右の特段の事情を認むべき証拠はなく、さらに三浦義隆と控訴人自身の前記各出張については、その出張目的がどのようなものであったかを明らかにすべき証拠はないので、それに要した費用についても、やはり相当因果関係を肯定することができない。

(三)  ところで《証拠省略》によると、控訴人は、被控訴人による第三次修補工事がなされる数日前の昭和三八年九月六日に本船を運航中その左舷推進器を他船の錨鎖に接触させて推進器翼先端を破損したため、同月七日から九日にかけて応急修理をなしたが、第三次修補工事中に右事故を知った被控訴人は、工事終了後控訴人に対し、右工事によってもなお生ずる本船の前記振動が右推進器翼の破損に起因することもあり得るとの理由により、その完全な修理がされない限り以後の修補に応じない旨を申し入れ、その後控訴人は右推進器翼の取替工事を行なったことがそれぞれ明らかではあるが、しかし右の各証拠に照らすと、右推進器翼の損傷の程度が右取替工事を要しないほどに軽微であったとは断定し難く、したがってその取替工事が控訴人にとって不要、無益であったともいえないから、控訴人主張の右取替工事費用である新推進器翼取付代金から旧推進器翼売却代金を控除した差額金とその取替のための入渠料あるいはその取替工事中の滞船料は、いずれも本船の前記瑕疵による損害とみることは困難である。

(四)  また《証拠省略》によると、控訴人は、被控訴人による前記各修補工事後の本船の瑕疵の有無を明らかにする目的で、前記推進器翼の取替工事後川崎重工業株式会社に対して本船の騒音、振動に関する鑑定を依頼し、これにもとづき昭和三八年一一月一六日その測定検査がなされたことが認められ、さらに《証拠省略》によると、控訴人の申立による証拠保全としてなされた本船に生ずる騒音、振動に関する鑑定のため、昭和三九年八月二六日その測定検査がなされたことが認められるが、これらの鑑定やそのための検査は、控訴人が被控訴人に対する本件造船請負契約上の瑕疵担保責任を追求するうえで必要であったとみる余地はあるにしても、このことのみをもってそれに要した費用やそのために失った利益が本船の前記瑕疵と相当因果関係のある損害に該るとみることはできず、ほかにもその相当因果関係を肯定するに足る事情を認むべき証拠はないから、控訴人主張の前者の鑑定に要した鑑定料やそのための検査をした当日の滞船料あるいは後者の鑑定のための検査をした当日の滞船料は、いずれも右の相当因果関係のある損害とみることはできない。

3  弁護士費用について

《証拠省略》に照らして考えると、本船の被控訴人による前記各修補工事後における前記振動の発生が本件造船請負契約上の瑕疵といえるか否かについてはこれを消極的にみる専門家の見解もあって一見明瞭に判定し得るところではないとみられるから、被控訴人がこの点を争いその瑕疵につき充分の証明を求めたからといって、あながちこれを不当ということはできず、しかも右以外の点について、控訴人が本訴抗弁兼反訴請求原因として主張するところのすべてが正当といい得ないことはすでに認定、説示したとおりであるから、被控訴人による本訴の提起、追行や反訴に対する応訴、抗争をもっていわゆる不当提訴や不当応訴とは到底いい難く、したがって控訴人の本訴、反訴に要した弁護士費用の請求はその余の点を判断するまでもなく失当というべきである。

五  以上によると、被控訴人は控訴人に対し、本件(一)ないし(一五)の各手形上の合計金七五〇万円の約束手形金債権を、他方控訴人は被控訴人に対し、本件造船請負契約上の瑕疵修補に代え、および瑕疵修補とともにする第四項の1の(五)および2の(一)、(二)に認定した合計金四二八万四六二五円(4,000,000+251,455+33,170)の損害賠償債権をそれぞれ有していたこととなり、なお右損害賠償債権は本船の引渡がなされた昭和三七年八月一〇日に発生し、そのときから請求し得べきものであったと解されるところ、被控訴人の本件約束手形金債権は、控訴人が原審での昭和三九年一一月一一日の口頭弁論期日においてなした右損害賠償債権をもってする相殺の意思表示により(一)ないし(八)の手形金全部および(九)の手形金のうち二八万四六二五円の限度で消滅したというべきである。控訴人の相殺の抗弁中、前示四二八万四六二五円を超える部分については、主張の損害賠償債権を認めるに足る証拠が充分でなく採用できない。

そうすると被控訴人の本訴請求は、控訴人に対し右残存する本件(九)の手形金残金二一万五三七五円と本件(一〇)ないし(一五)の手形金三〇〇万円の合計金三二一万五三七五円およびその各手形金に対するそれぞれの満期(手形(九)については満期の翌日)から支払ずみまで手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容すべく、他方被控訴人のその余の本訴請求と控訴人の反訴請求はいずれも失当として棄却すべきであるところ、原判決のうち、これと異なる本訴請求に関する部分は一部不当であるのでこれを右のとおり変更し、また反訴請求を棄却した部分は相当であるのでこれについての本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九六条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山田義康 裁判官 潮久郎 藤井一男)

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